巻木養魚場 2016年 @

巻木養魚場との出会い

 私がまだ学生だった頃、心揺さぶる1匹との出会いを求めて東京近郊の金魚店を巡るのが趣味だった。しかし、その1匹との出会いはそう簡単にやってこない。当時はインターネットでの入荷情報などなかったし、入荷個体別の写真掲載などあるはずもなかったので、とにかくお店に通う回数を多くして、出会える確率をあげていく。そうすると通う回数が多いお店とそうでないお店に自然とわかれていく。

 当時、東京屈指の金魚専門店の1つと評判だったお店は週末には多くの愛好家が出入りしていて、私もよく通った。そのお店にはランチュウ、琉金、更紗和金、東錦、土佐錦や地金、出雲なんきん、津軽錦や蝶尾、ピンポンパールまで、その時その時で行く度にいろいろな品種を見ることができたし、小さくてもどこか品のある個体が多くて、見事な太さで迫力ある大きい個体も多かった。このお店では良い出会いがたびたびあり、私は何匹も家に連れ帰った。本当は1匹10万円する親の琉金を連れて帰りたかったが、当時の私は勇気が出なくて手を出せなかった。

 あるとき、そのお店で見たことのないタイプのオランダ獅子頭がずらりと並んだことがある。どのあたりが今まで見てきたオランダと違うかというと、サイズだった。全長で30 cm以上あったと思う。サイズだけではなく、尾型も良く、なにより魚っぷりが良くて迫力があった。それらが何本もの水槽に入って並べて展示されている光景は壮観で今でも思い出せるほど印象深く衝撃的なものだった。店主に聞くと、巻木養魚場のジャンボオランダ獅子頭だということだった。

 それが私の中での巻木養魚場との初めての出会いである。それ以来、巻木養魚場というのは私の中で憧れの生産者の仲間入りをしていた。今回、ご縁あって巻木養魚場を取材させていただくことになり光栄に思う。巻木養魚場のジャンボオランダ獅子頭作出経緯や特製のエサについて、お聞きしたことに細かく答えていただいたのでそれをなるべく詳しく記していこうと思う。

巻木養魚場の歴史とオリジナル品種であるジャンボオランダの作出過程

 

奥に見えるビニールハウスが2歳魚以上の魚を収容するビニールハウス。道路を挟んで向かい側にあるのが、以前、錦鯉を飼育していた設備でもあるたたき池。

 田んぼが続く山間の路の一角にひっそりと佇むように巻木養魚場があった。道路の右手にはハウス付きのコンクリートのたたき池とその奥に野ざらしのたたき池が並んでいる。さらにその奥には大小さまざまな土池が5面続いている。道路を挟んで向かい側には比較的大きめのたたき池がある。この場所以外にも2か所、土池が8面あり、当歳魚は合計11面の土池で育成される。育成には川や湧水を流下させて利用している。驚くべきことにこれらの設備のほとんどのものが手作りで、巻木さんが23歳のころから40年かけてここまで作り上げてこられたそうだ。金魚のたたき池というと、ろ過設備がなく水深が浅いものが一般的に思うが、ジャンボオランダを飼育する場合は循環ろ過の設備があって水深もある程度深い、錦鯉を飼育するような設備の方が向いているのだそうだ。

   さて、巻木さんのジャンボオランダ物語が始まるのは今から40数年前のこと。熊本の長洲の市場に出入りしていた巻木さんが目にしたのは金色に近い色合いをした素赤のオランダ獅子頭だった。オランダ獅子頭という品種の中において、残念ながらこの系統はサイズが小さい当歳魚や二歳魚の頃は胴長であるため人気が低かったため生産する人が減り、流通量も減少しているところだった。

 流通量が少なくなってしまった頃、この系統のオランダを維持していた金魚愛好家の島木氏から受精卵を分けてもらって持ち帰りふ化させて育てたところ、その中から少数だが金色っぽい素赤個体が得られた。これが巻木さんのジャンボオランダ獅子頭の始まりである。

 

当時のオランダ獅子頭に色の表現が近い個体。3歳魚。当時は3, 4歳になると白っぽく色が抜ける個体がいたそうだが、今はそのような個体は見られない。

素赤のジャンボオランダ3歳魚。金色の個体と赤色の個体で最大全長に差があるかどうかお伺いしたが、色の違いで差は感じられないとのことだった。

 

 

   その後、現在に至るまで、累代繁殖を続けておられるが今ではたいていが素赤で一部更紗の魚が混じる程度とのこと。金色っぽい色をした個体が出現する確率は低く、さらに40数年前に見たときのような一部の個体にみられた成長につれて白く色が抜けてくる現象も今ではみられないという。金色のような個体が出現したら残すようにしておられるそうだが、その色での系統を確立することはできていないそうだ。

 種親を選ぶ際に重きをおいているポイントは、やはり、成魚になったときに大きくなる形質を持っているかどうか、という点とのこと。大きくなりそうな個体をどのようにして選別しているかお伺いしたところ、「上見のときに尾筒の太さと全体にがっしりした感じだよ」と教えていただけた。産卵は年1回でヒカゲノカヅラと人工の産卵藻を併用されている。ほぼ毎年、次世代を得ているため、すでにスタートしてから20世代くらいの累代が進められている。

現在2歳以上の個体が収容されているビニールハウス内のたたき池。元々は錦鯉用に設計された飼育設備である。

2歳魚が泳ぐハウス内のたたき池。水深は80~100cmに設定している。ジャンボ系統はこのくらいの水深が適しているのではないか、とのこと。※この画像は、撮影用の魚を掬うために水位を下げているところ。

 

ろ過の仕組み 足し水が空気に触れる時間を多く取ってから飼育槽に流入する仕組み

ひも状のろ材は海苔養殖の廃材を利用している。生物ろ過よりも物理ろ過として使用し、なるべく2週に1回は高圧洗浄機で洗っている。

 

濾過槽から汲み上げた水と川から引いた新水が混ざり合って飼育池に戻っていく。

濾過槽から汲み上げた水と川から引いた新水が混ざり合って飼育池に戻っていく。

 

 

 

 

 

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