河邉改治氏の春の土佐錦飼育方法

一鉢ずつ、丁寧かつ手早く、洗面器に魚をあげていく。

 

朝7時。
今回は2回目の取材だ。伺ったのは5月中旬。
   この時期になると7時にはすっかり明るくなっている。この時間にはもう既に河邉さんは土佐錦の世話を始めている。20個以上ある丸鉢のうち半分以上に既に選別を終えた当歳魚が入って、ズラリと並んでいる。


   今年は例年よりも気温が高く10日ほど早く産卵が始まったため、当歳魚を丸鉢に入れる時期も早まっているとのことだ。

   この日、河邉さんの土佐錦の春の管理方法を、当歳魚の育成方法も含めて教えていただいた。

 

当歳魚の丸鉢の水換え

 

稚魚が小さい場合の水換えの様子

 

丸鉢に入れた当歳魚は毎日水換えをおこなう。
丸鉢に移したての体長1cm程度の稚魚は洗面器に上げるのが大変なので、稚魚は丸鉢に入れたままで水だけを洗面器で掬って捨てていく。この時なるべくフンを掬って捨てるようにする。濾過細菌を残すためにも完全にキレイにする必要はないので、稚魚を含めて水深が5cm未満程度になるまで水を捨てる。

 

魚が成長して大きくなっていたら洗面器にすくっておき、丸鉢の水を全部抜く。洗面器に入った水は水換えの最後に魚と一緒に元の鉢に戻すので、この場合も全くの新水になるわけではない。丸鉢の底には栓があって、抜くだけで排水できるようになっている。給水用の配管も各丸鉢に伸びているので、コックを開いて貯水タンクに汲み置いてある水を注ぎ入れる。

ここで1つ、大事なポイントを教えていただいた。丸鉢に新しい水をためるとき、わざと満水にして水を溢れさせる。溢れさせることで水面付近にある泡を外に流れ出させて捨てる。水中の有機物(タンパク質や脂質)が分解されずに多く存在すると、泡状になり水面に泡が発生する。濾過の追いついていない水槽では水面付近に常に泡がある状態になるのと同じで、泡が多いとやがて病気の原因となる細菌が増殖し、魚が病気に冒される。つまり、泡を外へ捨てるということは水中の有機物量を減らすことになり、有機物を利用して繁殖する細菌の増殖を抑えることができる。 その後、1つずつ魚の入った洗面器を水換えした丸鉢に浮かべるが、このときに鉢の新しい水を少しばかり入れながら浮かべる。しばらく浮かべた後、水ごと魚を全て丸鉢に戻してやる。

 

新しい水を洗面器に足して

しばらくの間浮かべている様子

丸鉢に入っている当歳魚

 

 

丸鉢に入っている当歳魚

 

内側壁面は毎日こするわけではない。このぐらいであればこすらない。

 

 

壁面のコケをつつく当歳魚

 

丸鉢に入っている当歳魚たちは、河邉さんが洗面器を持って近づくと寄ってくる。洗面器を丸鉢の奥の方から手前に向けて傾けながらそーっと沈めて、水面近くに集まっていた魚を一度に掬う。よく見ると、河邉さんは洗面器を持つ手とは反対の手で水面を「パチャパチャッパチャパチャッ」と音を立てていた。普段から餌のイトメ(イトミミズ)を与えるときに丸鉢の上から水面に音を立てるようにして落としてやると、魚が音がした付近に集まるようになるのだ。こうやって音の条件反射を利用すれば、一度にたくさんの魚を洗面器で掬うことができる。掬いきれなかった魚は手で水ごとすくって洗面器に入れてやる。

 

丸鉢の水換えは毎日、朝おこなっているが、前日入れたイトメが残っていても魚と一緒に掬って水換えしてしまう。さっきまで餌を食べていたとしてもお構いなしだ。魚は元気なもので、洗面器の中でも丸まったイトメの塊をむしって食べている。水換えが終わった後、河邉さんは新たにイトメを各鉢に「ポチャン、ポチャン」と音を立てて入れていく。イトメが底に到着する頃には、一斉に魚たちが群がっていた。

 

当歳魚の様子を観察していると、イトメだけでなく丸鉢の内側壁面をしょっちゅう突っついている。泳いではツンツン、また泳いではツンツン。群れて泳ぐ習性があるため、群れのうちのどれか1匹が壁を突っつくとみんな立ち止まってツンツンと突いている。河邉さんは「イトメだけを食べるんじゃなくて、コケを食べることが大事なんだよ。」と話す。しかし、金魚ってこんなにしょっちゅう壁面を突っつく生き物だっただろうか。河邉さんの金魚は本当によくコケを食べるように感じる。

エサは魚に与えるぶんだけで良いのか

 エサは親や二歳、当歳も含めて毎朝1回与える。エサやりをする前にプラ舟の前を通ると、どの舟の魚もみなこっちを向いて大きく口をパクパクさせていて、健康状態の良さが伝わってくる。エサやり1日1回だけって、私の感覚からすると少ない。たいていは1日2回、朝と夕方与えるか、品評会を目指すような育て方であればそれ以上もっと回数を多く与えている人が多いはず。1日たった1回でどうしてこんなに立派な親魚に育つのか。

 

 そうやって疑いながら舟の前をウロウロしていると、河邉さんがエサ袋を持ってきてエサやりを始めた。与える量を目の当たりにして、ぎょっとした。与える量がすさまじく多い。

 

エサをねだって寄ってくる様子

 

エサやり後すぐの光景

 

 

エサやり後、いったん金魚が食べてモグモグしたあとでも

これぐらいの量がまだ残っている。

こちらは、エサやりしてしばらく経過した写真。

まだなお、これだけの量のエサが底に沈んでいる。

 

私のこれまでの金魚飼育経験からすると、あまりにも与える量が多すぎるのではないかと心配になるほどだ。とても数分で食べきれる量ではない。聞くと、夕方までに食べきれば良いというスタンスであるとのこと。使用している餌の原料に工夫が施してあるらしく、餌が数時間も水中に残っていても飼育水があまり濁らないそうだ。

 

河邉さんのエサやりは、決して魚のためだけではない。
「コケをきちんと生やすためにエサやりをやっている。エサを魚に与えているだけではない。コケにも餌を与えている感覚が大事だ。」

これだけたくさんの量を与えていて、親や二歳の水換えは2日に1回。毎日ではない。 方法は以下の通りだ。洗面器に魚を上げて、水を全部捨てる。必要に応じてコケをデッキブラシで落とす。

 

取材した日はコケを落として4日目。明日、コケを削るそうだ。“コケを削る”という表現をしたが、ここが重要なポイントで、決して全部をはぎ取っちゃダメで、うまい具合にはがしてコケを上手に生やさなければいけないそうだ。

 

「コケを生やすことは、芝生を生やすことと似ているよ。」

 

ホームセンターのガーデニングコーナーで芝生を買って庭に芝生を作ろうとしたとき、芝生マットは少しずつ離して並べた方が早く芝生を作ることが出来るらしい。芝生となる植物は、匍匐(ほふく)茎を地面を這うように伸ばし、その節から葉や根を伸ばしてやがて株になる。当然、他の植物が無くて日光を遮るものがない場所には株を作りやすいため、成長良く広がっていく。

   これと同じような考え方でコケも育ててやる。全部削ってしまわないでまばらに残す。そうすると、削った場所には残ったところから新しいコケが生えてくる。新しく生えたコケは柔らかいせいなのか、魚が好んで食べる。こうやって、魚が喜んで食べるようなコケを育てることが、大事なポイントだそうだ。

 

たしかに親や二歳のフンの色は緑色をしているのでコケを食べていることがわかるし、親のプラ舟壁面をよく見ると親の食み跡が残っている。

 

 「コケは生えて時間が経つと硬くなるし、硬いと金魚が食べない。4日も経過すると硬くなってしまうからね。」

 

  では、魚が食べてくれるようなコケを如何にして生やすのか。

 

 「4日も経つと硬くなってしまうから、うまく剥いで新しいコケが生えるようにしておくことで、魚が喜ぶようなコケが常に存在するようしておくんだよ。」

コケを育成するのに必要な成分は、主にリンや窒素分。その他のミネラル分は飼育水である汲み置きの井戸水に含まれているはずで、メインとなるリンや窒素分を補給してやらなければならないが、これは餌由来になる。金魚だけではなくコケの成長に必要な分も頭に入れて餌やりをして、金魚だけではなくコケも一緒に育ててやることが、コケをよく食べる魚を作る秘訣なのである。

 

壁面のコケを突っついて食べる二歳

 

親魚のプラ舟に見られるコケ。食み跡がある。

 

 

ツンツンしている緑色のコケ

 

ツンツンしている緑色のコケ

 

デッキブラシで削った跡が分かる。

 

そこで、写真にあるような緑色のコケをどうやって生やすのか、伺った。

 

「土佐錦が食べられるようなつんつんしている緑色のコケを生やすんだ。こするとよく生えてくるよ。このコケがどうすれば生えてくるのか。それは、水の管理とコケの管理、魚の量と餌の量による部分が大きいので一概には、こうとはいえない。感覚でやっているところが大きいからね。」とのことだった。

 
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