土佐錦 河邉改治氏 2015年 A
産卵〜人工授精〜卵の管理方法
河邉さんの産卵のさせ方、人工授精の方法と卵の管理方法について教えていただいた。
1つ目に、追尾行動を確認して産卵しているメス親を見つけても、すぐには人工授精をしない。黒い深めの洗面器に、使うオスと排卵したメスを入れて朝10時頃まで一緒に入れておく。舟や水槽のように四角い容器であれば、四隅にメスを追いやるようにして産卵行動を行うことが出来るが、洗面器は丸い形をしているためうまくおこなえないので、オスと一緒に入れていても洗面器の中で産卵することは無い。そのまま午前10時頃まで卵はメスのお腹の中においたままにして、それから人工授精をおこなう。
2つ目に、人工授精した卵は洗面器にくっつけて19℃から21℃に設定したヒーターの入った角鉢に沈める。ヒーターにはビニール袋がかぶせてあり、ビニール袋の中には水が入っていてゴムで結って沈めてある。水の入れ具合はペシャペシャぐらいの量でパンパンではなくてやわらかくしてあるので、その袋の上に卵をくっつけた洗面器を乗せておくことができる。では、なぜヒーターの上に洗面器を乗せるか。それは、卵が一様に孵化するようにヒーターの熱が均一に卵に伝わる工夫なのだ。ただ単にヒーターを入れただけのプラ舟だと、エアレーションを行っても水温が均一になりづらいという課題をこの方法でクリアしている。
3つ目に、卵は水カビの予防を行っている。人工授精した翌日に洗面器を水ごと取り上げ、マラカイトグリーン3%溶液を5cc、洗面器に入れて5分間静置する。5分後に、孵化槽にマラカイトグリーンが入った水ごと入れて、板できちっと蓋をする。授精させた卵は溶存酸素量を確保することが重要で、マラカイトグリーン浴5分間のときも洗面器にエアレーションを入れている。
水とヒーターが入ったビニール袋
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授精卵のマラカイトグリーン浴
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基本的には1腹を1鉢に収容し、親が把握できるようにしてある。卵の数は2,000から3,000粒あれば十分で、残りの卵は捨ててしまうそうだ。20~30粒しか産卵しなかった場合でも、その系統の血を絶やさないために捨てずに育てるそうだ。
自然淘汰
前回の河邉さんの取材記でも紹介させていただいたが、河邉さんの稚魚育成方法はかなり変わっている。河邉さんが自然淘汰法と呼ぶ稚魚の育成方法を簡潔にまとめると以下の通りだ。人工授精して1ヶ月間、一度も水換えせずに刻んだイトメを餌として与え続ける。その間、死亡魚が出てもおかまいなしで、薬なども一切使わずに育て続ける。自然淘汰の名の通り、体質的に弱い個体は生き残ることが出来ずに淘汰されてしまうが、生き残った個体は丈夫である。
自然淘汰のときもヒーターとエアレーションは入れ続けている。22℃以上にするとオスが多くなる傾向にあるが、気温が上がる5月以降は自然と水温も上がるのでオスの割合が多くなる。そのため、4月産卵分についてはメスが多くなるように温度を調節している。ただでさえ気温の変動が激しい時期なので、自然の河川と比べるとはるかに水量の少ない鉢では急激な温度変化がある。そこで、ヒーターを入れておくことで水温を安定させている。
自然淘汰飼育の様子
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自然淘汰飼育の様子
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今年は鉢が足りなかったので発泡スチロールも使用して自然淘汰をおこなう
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発泡スチロール内の様子
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自然淘汰の1ヶ月の間に、コケを食べるクセをもつ魚に仕上げる。イトメだけでなくコケも食べる魚は摂取する栄養バランスも安定して、健康状態が良く色艶良く大きく育つそうだ。事実、河邉さんの二歳魚や親魚を見ると、どの魚も壁についているコケをついばんでいる姿をよく見る。それでは、次の項目で自然淘汰時の具体的なエサやりについて教えていただいたことをご紹介していく。
イトメのエサやり
イトメを稚魚に与えるときに、包丁を2本使って刻む。自然淘汰の真っ只中にある稚魚(針子)はサイズが非常に小さいのでとにかくしっかりと、一方向だけでなくまな板を回転しながら角度を変えて「タンタンタンタンッ、タンタンタンタンッ」と繰り返し何度も何度もたたく(刻む)。使う包丁は、使う前に必ず毎回研ぐ。研いでおくことで、きちんとイトメを切断することが出来る。研いでない包丁を使うとイトメを潰してしまう。これが、かなり肝で、きちんと切断されたイトメは水中で翌日でも生きている。
イトメをたたく様子
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イトメをたたく様子
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2,3分だろうか。何方向からも刻まれたイトメは長いものでも2mm程度の長さになっている。刻んだイトメを茶漉しに入れて、まずは孵化して間もない魚へ与える。茶漉しを水に浸けると白く濁った水と共に茶漉しの目から細くて短いイトメが出てくる。軽くゆすってから次の鉢へ茶漉しを移して、また、ゆする。そうやってだんだんと大きいサイズの稚魚に順番にゆすってイトメを与えていく。
また、茶漉しで与えるときに角鉢の全体に満遍なくゆすってイトメを散らすが、それだけでなくあえて塊をドボンと入れていく。ドボンと入れたところにはイトメがたくさんあるわけで、食欲旺盛で餌にがっつくような魚はその場所まで辿り着く。そういう魚は餌を良く食べる個体なので、結果として大きな魚になりやすい。また、ドボンと落としたイトメはあまりにも量が多いので当然全てが食べられるわけではない。塊のままだとその場で死んで腐っていく。あえてこうすることで水を汚しているのだ。
イトメを塊で落とした部分
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白くて赤っぽくなっている部分が、 塊で落としたイトメが腐った部分 |
成長がすすんできた自然淘汰中の稚魚
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稚魚がある程度のサイズになったら、イトメを軽めに刻んでそれを5箇所くらいにポトンと落とす。全体に満遍なくゆするということはしない。そうすると、イトメのある場所まで泳いで辿り着くことができない個体、例えば泳ぎが下手な魚は死んでいく。泳ぎが上手でない魚は、体の線が曲がっているか、泳ぐのに何らかの支障があるため、もしくはエサを見つける能力が乏しいため、品評会用としても種親としても相応しくないのである。 また、どの腹(ロット)も必ず1回、自然淘汰の期間のうちに3日間餌を抜く期間を作る。このような行程を経て生き残った個体だけが、選別へ進むことが出来るのである。
丸鉢に入れる前の選別
選別前の水を抜く様子
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産卵からちょうど1ヶ月後、自然淘汰を終えて丸鉢飼育に移行する。
稚魚を吸い込まないように排水口の中にホースをさして水を抜く。その後、鉢から選別する洗面器に上げるときに選別用の網を使うが、網はこの選別のときだけでその後一切使わない。河邉さんの土佐錦飼育ではその魚に対して一度限りの網の使用になる。
自然淘汰を生き抜いた稚魚の中から丸鉢に入れる約35匹を選ぶ。この時初めて選別をするため、成長の早い大きな個体もいれば成長の遅い小さな個体もいる。また、きちんとした尾をしているものもあれば、フナ尾の個体もいる。選別では、大きいサイズだけ残すのではなく、中ぐらいや小さめのサイズのものも35匹のうち、10匹ぐらい入れる。こうすることで丸鉢の中で調和が取れるそうだ。
「人間の世界も同じで、そのとき大きい人もいれば小さい人もいる。大きい魚ばっかりじゃなくて、小さい魚もいていいんだよ。大きさの差は、丸鉢でイトメを食べさせるようになるとだんだんと均一になってくるからね。小さめだった魚すべてが成長不良なわけではなくて、コケを好んで多く食べる魚だから成長が遅いだけっていう可能性があるからね。」
選別の様子を見させていただいたが、本当にあっという間に35匹が選ばれた。1匹掬った直後には別の1匹を掬っている。「掬いながら目では次に掬うやつを探しているんだよ。」と仰る。
選別後の稚魚
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選別後の稚魚
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選別後の稚魚
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選別後の稚魚
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選別後、しばし丸鉢に浮かべてから放つとすぐにイトメを与える。網を使ったことによるスレを気にして薬を使うことはしないし、餌切りもしない。自然淘汰のときの、底の方に色々な沈殿物が溜まっていた角鉢の環境とは丸鉢のサラ水の環境は全く異なるにもかわらず、水合わせもしない。洗面器に新しいサラ水を少し入れて丸鉢に浮かべて水温を合わせたら放つだけだ。放たれた稚魚たちは一斉にイトメへ群がった。自然淘汰を耐え抜いた魚たちは本当にタフだな、と、眺めながら感じた。
丸鉢の小さい稚魚には刻んだイトメを与える。
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ある程度大きくなったらそのまま与える。
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