土佐錦 河邉改治氏 2014年 A
産卵方法と孵化時の水温
河邉さんは基本的に人工授精で採卵している。産卵期にはプラ舟にオス2、メス1の割合で入れておく。朝方に産卵行動をおこなっていることを確認した後、メス1匹の卵を2つに分けてオス1匹ずつ精子をそれぞれの卵と人工授精する。こうするとメス1匹からオス親が異なる2つのロットが作れる。
4歳魚 |
両親の系統をきちんと把握しながら1匹のメスから複数のロットの稚魚の育成を行うと、当歳魚の出来映えをみて次回の産卵時の種親選びに活かすことができる。ちなみに1匹のメスから一度の産卵で採れる卵の数は6,000から10,000個程度。さらに、メスが4歳の時にはオスは3歳を用いて、メスが3歳の時にはオスは4歳のものを用いる。また、2歳は産卵に使わない。この方法をとることで血が濃くなることを防いでいる。
このようにして、いくつかの系統をきちんと維持しながら毎年繁殖をおこなっている。採卵した卵はコンクリートのたたき池に入れて水温調整をおこない孵化させる。このときの水温が肝で、19−22℃という温度を“受精卵の細胞分裂に最適な温度”として設定しているとのこと。水温が高めだとオスが多くなり、低めだとメスが多くなるという。
この知見は長年にわたり繁殖に取り組み培ってきた経験により得られたものである。それではなぜ19−22℃設定なのか。その理由は、キンギョの祖先であるフナの繁殖期が春だからである。この時期、天候の急変により急な冷え込みがある場合が多いこともあり、サーモスタット式ヒーターを繁殖期の水温に設定してなるべく一定に維持することで受精卵が安定して細胞分裂できるように環境を整えている。これもまた、自然界を知ることから得られた河邉氏独自の手法である。
稚魚の自然淘汰
当歳魚 |
ここで、河邉さんのこだわりの稚魚育成方法を紹介する。孵化した稚魚に与える初期餌料はイトミミズ。ただし、包丁で細かく刻んだものを茶漉しに入れてたたき池でゆすり、茶漉しを通過したものだけが餌となる。一般的にはキンギョの初期餌料にはブラインシュリンプ(アルテミア)やワムシ、粒径の極めて小さい粉餌を選択する人が多い。イトミミズを使用するとしてもある程度育って青仔になった頃から与えるのが一般的だろう。だから孵化した稚魚にいきなりイトミミズを与えていることには驚いた。
また、ろ過装置の無い環境でイトミミズを刻んで投入することがどれだけ水を汚してしまうか、イトミミズを使用したことがある金魚飼育者ならお分かりだと思う。おまけに、この給餌方法で1ヶ月水換えしない。水換えせずに、もたせるのである。水換えもろ過装置も一切無しで、エアレーションのみで稚魚を飼育するのである。
このような方法で稚魚を育成すると、遺伝的に何らかのストレスに対して弱い個体は死亡してしまうという。その結果、残る稚魚の数は減るが、結果的には水質の悪化に対して耐性をもつ丈夫な個体だけを残すことができるというわけだ。
尾芯とびと、手術について
尾芯とは、体の正中線上にある尾びれの太い鰭条のことで、『尾芯とび』とは、その太い鰭条が途中で途切れてしまうことを指す。通常、土佐錦の品評会では尾芯とびは審査対象外とされ、他の要素がどんなに優れていても入賞することは不可能である。河邉さんが会長を務める中部土佐錦普及会の品評会では親魚だけは2/3までの尾芯とびは認められるが、当歳・二歳魚の尾芯とびは審査対象外になる。
「尾芯とびは、ぐんぐん大きくなる時期に出やすい。尾芯の周囲のひれの成長が早すぎて尾芯の成長スピードが追いつかず、本来尾芯が伸びていく部分が周囲のヒレに封じ込められてしまって、尾芯が先端に向かって伸びることができなくなっている状態なんだよ。」と解説してくださった。なるほど、尾芯とひれでは細胞・組織の構造が異なるので、当然成長(再生)のスピードに変化があるのも頷ける。親魚の尾芯とびが認められる理由は良い血統を次世代に残すためで、大きい親魚を作るためにどんどん成長させると尾芯とびが出ることが多く、それらを全て排除してしまうと途絶えてしまう血統が多いからだ。
実はこの尾芯とび、治す方法が存在するのだ。その方法を教えていただいた。それは、尾びれの適切な箇所をカットして再生させるという方法である。具体的には、医療用の剪刀(せんとう)を使って尾びれを尾芯が飛んでいる(無くなっている)部分から先をカットする。このときハサミを入れるポイントがあって、途中まである尾芯の先端にかかるように、かつ、尾芯の節と節の間をカットする。ひれには、よく観察してみると節がある。この節の途中の部分を切ってしまうと、うまく再生しないらしい。
夏場にこの方法で手術しても治る確率は低く、9月の成長がゆるやかになり始めた頃に行うほうが確率は上がり、おおよそ8割は治すことができるそうだ。ちなみにこの方法は当歳から親魚まで共通して行う方法だが、河邉さんは当歳魚には行わない。そもそも当歳魚の成長スピードは親魚よりも早いため尾芯とびをなおすことが難しいことと、また、尾芯とびが当歳魚で出てしまう個体を種親にしてしまうと、尾芯とびの出現率が高い系統になってしまうからである。当歳魚の飼育匹数は親魚よりも多いため、尾芯とびの出た当歳魚を敢えて手術してまで親に残さないのである。