出雲なんきん 石飛氏 2014年 A

仔稚魚育成方法

さて、続いて産卵後の仔稚魚育成方法について、伺った。

 

受精後5日で孵化、その2日後に立ち上がる(泳ぎ始める)のが理想である。5日間かけて孵化させた方が、きちんとした形の尾ができやすいという。確かに、埼玉県水産試験場の研究報告“ふ化水温差によるキンギョ尾鰭の形状変化“によると、受精から孵化まで5日を要する水温は20℃であり、20℃を中心とした水温範囲(15.5℃〜25.0℃)での孵化は開き尾選抜率を向上させるために有効であるとしている。(大越・大友,埼玉水試研報 44号,1985) 石飛さんが採用している20℃で孵化させるという方法は、開き尾を多く残すことができることもありきちんとした形の尾をもつ魚を多く得るうえで有効な手段であると考えられる。

 

「雨の影響もあって温度変化が激しく、そのせいで孵化後に全滅させてしまうことがあった。そこで現在ではヒーターを18℃に設定し、6月いっぱいまで昼夜の温度変化が緩やかに、少なくなるようにしている。」18℃という温度設定はちょうどキンギョの産卵期の水温のレンジ内であり、飼育水温がその水温を下回ることはない。

 

孵化後のエサやりは、まず、孵化して立ち上がってからブラインシュリンプを与える。また、そのタイミングでミジンコも与える。与えるミジンコは、孵化して間もない仔魚にとって口のサイズに合わないため食べることができない。では、なぜ敢えてミジンコをタンクに入れるか。それは、水質を浄化するために入れている。ミジンコの主要な餌は植物プランクトンであるが、バクテリアや原生動物も食べるとされている。(花里,ミジンコ 名古屋大学出版会,1998)ミジンコは大食漢である。池の掃除役としてしっかりと役割をこなしてくれるのだ。そしてなにより、与えるブラインの量が多い。朝6時、昼12時、夕方15時に3回に分けて与えるのだが、与える量の目安は“余るぐらい”である。余るぐらいしっかり与えているので、市販されている425gのブラインシュリンプの缶が2缶でも今年は足りなかったという。ブラインが5mm厚くらい底にたまるぐらい与えるが、特に掃除するわけでもなく、最初はそのまま放っておく。稚魚がタモで掬えるぐらいになったら掬って避けて、ブラインも流し、その後、底掃除をする。

稚魚の病気がけ

稚魚が成長してブラインシュリンプの給餌を終えてミジンコ給餌だけになるとき、稚魚の全長は2cmぐらいになる。このときに、水換えしないで飼育し続けるとエラ病にかかる。伝染性が強く1つの池が発症するとあっという間に他の全ての池でエラ病が発生する。

 

実はあえて病気に感染させている。全ての個体に一度病気に感染させることで、病気に強い、丈夫な個体を作ることができるという。人間でも保育園に通い始めの子どもはしょっちゅう病気にかかる。何度も何度も病気を繰り返し、1年経つ頃にはあんまり病気しなくなるものだ。魚も(なんきんも)おそらく同じで、病気にかかってそれが治ってという繰り返しで病気に対しての耐性を獲得できるのかもしれない。

 

実際に、品評会に出品後、死亡させることが減り、当歳魚で出品した個体を親魚の部に出品することができている。石飛さんが所属する出雲なんきん愛好会の品評会では、1つの容器に全ての出品魚が一同に入れられて審査が行われる。このとき、病気に感染する可能性は高く、持ち帰ってから自宅の池で発病し、せっかくの入賞魚が翌年の品評会を迎えることができない事例は少なくない。

 

石飛さんは稚魚を全て一度エラ病にかけてこれを治療する。その治療方法は以下の通りだ。「天然海水を塩分濃度0.3%に薄めて、エルバージュをうすーく色がつく程度投薬する。このとき、うすくしないと死んでしまう。この方法で1-3日で治る。エラ病が治ってから水換えを行う。池の中の魚ほぼ全てがかかってから治療を開始する。」天然海水を使うのは、日本海が近くにあるので車ですぐに海水を汲んでくることができるからだが、市販の岩塩を溶かした塩水とは組成も異なるため、生体にとってなんらかのメリットがあるのかもしれない。

 

このようにして、毎年3〜4万個の卵を孵化させ、丈夫に育て上げ選別にかけていく。

背びれが無いということ

毎年、3〜4万個の卵を孵化させているとはいえ、幾度の選別をくぐり抜けて品評会の洗面器までたどりつく魚は決して多くない。特に、“背びれがない”という特徴が出雲なんきんの上物が少ない理由であると考えられる。

 

キンギョの先祖たるフナには当然背びれはある。しかし、出雲なんきんはこれを欠如してかつ、なめらかな曲線の背を求められる。背ビレの欠如という形質は遺伝することが明らかにされている。(松井,科学と趣味から見た金魚の研究 成山堂書店,1935)しかし、出雲なんきんだけでなくランチュウを含む背ビレを欠如した品種はどれも、デコボコしていないなめらかな背になる形質が十分固定されているとは言い難い。

 

系統によって差はあるが、背ビレのある品種と比較して背びれがないという特徴は膨大な数の選別漏れを生む。秋、品評会に集まる当歳魚らは各愛好家にとって山のような稚魚の中から血眼になって探し拾い上げて育て上げたとても尊い存在であり、それらが一堂に会する場はとても贅沢な光景である。品評会は一年に一度しかないが、そこへ赴けば各年の精鋭たちをいっぺんに目にすることができる非常に貴重でありがたいイベントなのである。

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